開発コンサルタントを10年やってみて:これからの10年、どこを目指す?

開発コンサルタントと呼ばれる仕事を始めて10年になる。そもそも開発コンサルタントって何?という人が世の中の大半だと思うのでまずはその説明から。

開発コンサルタントとは、一昔前の言葉で言えば、”先進国”から”開発途上国”に対する援助プロジェクトの企画や実施に携わる民間のコンサルタント、という感じ。日本が政府開発援助(ODA)としておこなう、途上国向けの農村振興や、教育、医療といった支援に関わる仕事だ。

私自身が子どもの頃に憧れた世界平和につながる仕事として、開発コンサルタントを10年やるなかで見えてきた、この先の将来のイメージを紹介してみたい。というか、これから今やりたいことを書いてみる(笑)

開発コンサルタント業界

衰退産業

市場(予算)規模の縮小

正直、国際協力を職業として捉えるなら、間違いなく衰退産業に分類される。よく引き合いに出される政府の予算規模でいえば、ピークを迎えた1997年には1兆1,687億円あったODA予算が、2021年には5,680億円とほぼ半減。。。

普通の民間の業界で、たった20年で市場規模が半減したような業界があれば、間違いなく衰退産業と呼ばれるだろう。

職業としての魅力

また、この国際協力という業界を志す人も、2000(ゼロ)年代に社会人になった人たちがピークだったと言われている。世代で言えば、今の30後半〜40前半くらいが最後の国際協力志望世代だ。

そんな国際協力を職業として望んだ最後の世代のど真ん中に私もいるが、同世代の中でいまでも国際協力を仕事として継続して行こうという人は正直かなり少ない。数年間、国際協力とはどんなものか経験してみた後で、別の道に選んだ仲間も少なくない。

高齢化

たまたま私が今住んでいる上勝町も高齢化(人口の5割が高齢者)が課題となっている田舎ではあるけど、国際協力の業界も高齢化が進んでいる。

世間一般では、私もそこそこいい年という自覚はあるが、JICA(国際協力)の世界では、45歳までは若手と呼ばれる(笑)まるで高齢化が進んだ町のおじいちゃん、おばあちゃんに「あんたはまだ若いんだから」と言われているのと同じ感覚だ。

なぜ人が集まらない?

将来性がない

冒頭でも紹介した通り、過去20年間で予算規模が半減している衰退産業だ。もっと正確に言えば、2000年代(ゼロ年代)の10年間だけでほぼ半減しており、2010年代は横ばいなので、10年で市場が半分になった、とも言える。

いま20代の人なら、この先40年は働くと考えると、こんなに急激に縮小する業界を選ぶのはなかなかチャレンジングだと思う。

国際協力以外の選択肢

自分自身が国際協力の業界にいながら、だいぶ後ろ向きな話を書いてきたけど、ポジティブな理由としては、昔は国際協力として海外に関わりたかったら、選択肢はほぼ開発業界しかなかったのだと思う。

でも、ここ十数年の間に途上国と呼ばれていた地域の経済が発展して、ビジネスをつうじてこういった地域に関わる、という選択肢もでてきた、というのが大きいのだと思う。

そんなこともあって、たまに学生の進路相談で将来、国際協力に関わってみたい、という学生には、まずは民間企業で働いて、そこで海外に関わるという道を考えてみてもいいのでは?と勧めている。

開発コンサルタント業界の未来

ビジネスが主軸に

日本側の理由

これも別に私が言い出したことではないし、よく言われていることだけれども、日本という国の経済力が相対的に低下し、昔みたいなひたすら他国を援助し続ける余力がこの国になくなってきた。

お財布事情が苦しくなった結果、海外にお金を使うことが、日本にとってもメリットがあるか?という視点も重要になってくる。結果として、ODAの予算が、日本企業の海外展開をサポートする、と言った目的にここ10年くらいで使われるようになっている。

個人的には、これ自体が別に悪いとは思わない。とは言え、ビジネスでどうにかするのがまだ難しい分野、例えば被災者支援や、教育、医療といった分野では、従来のスタイルの(純粋な)援助が必要な場面もあると思う。

現地側の理由

かなり後ろ向きな日本側の理由と比べて、現地側の理由はとてもポジティブだ。

従来の援助では満たされない新たなニーズが生まれており、そういったニーズに応えるためには(日本の)民間企業の力が必要になってきている。

例えば、従来は国民をやしなうため食料の確保が優先課題で、農村や漁村で生産技術を広めて、食料増産が必要だった時代が長くあった。そして、多くの人がイメージする国際協力もこういった貧しい農村や漁村の人たちを助ける、というものだと思う。

しかし、時代は変わり、こういった国でも十分な食料が手に入るようになると、人々のニーズもより高度なものに変わる。安心安全であったり、高品質な食品を求める”消費者”が生まれる。こういったニーズへの対処は、従来の国際協力ではタッチしてこなかった分野でもある。この新しいニーズに応えるには、民間の企業の持っているノウハウが必要なケースも多い。

こうした視点から見ると、途上国(ほんとうにこの呼び方は個人的にはキライだけど)に関わる上で、民間企業を通じてアプローチする方が、将来性は大きいのだと思う。

開発コンサルタントは何を目指すべきなのか?

まるで渡り鳥

開発コンサルタントは、私も含めて、業種(分野)の専門家で、渡り鳥のように世界中を転々とする人が多い。中には、特定の国に骨を埋めるレベルで深く関わるコンサルタントもいるけれども、私がみてきた限り、そう言った人は少数派で多くの人は渡り鳥派だ。

私自身のケースで言えば、特にODAコンサルタントとして働いていた2年弱の間、自分自身の専門性である金融や市場調査を中心にアフリカや中央アジア、南アジアを転々とする生活をしていた。職業としてみた場合、自分が受注できる仕事に応札するのがある意味当然だ。ただ、結果として自分の専門性の切り売りで、特定の国に深く関わることは難しいと感じた。あくまで個人的な感想として(笑)

ビジネス支援の潮流に乗ればいいのか?

まだまだ援助が主体ではあるものの、現在の流れはビジネス支援に変わりつつある。なので、ビジネス支援を仕事にしていく、というのはアリなのだと思う。でも、それこそ単にビジネス展開を支援するのであれば、「開発コンサルタント」ではなく、有名どころもたくさんいる「経営コンサルタント」に仕事を頼めばよい、ということになると思う。

正直、市場調査であれば、どんな国でも調査をしようと思えばそこそこできる。実際に、ビジネス支援を始めた最初の数年間は、自分も10カ国近くいろんな国を転戦していた。

でも、やはり、一番のネックというか仕事のおもしろみ、みたいな部分は、渡り鳥のようにいろんな国を転々としていては見えないと気づいた。

特定の国・地域にコミットする

個人として、特定の国に長くコミットしようと思ったら、公的な組織よりも、民間企業の方が圧倒的に実現可能性が高い。自分はこの業界に入るまで知らなかったけど、公的な組織はローテーションがあって、なかなか特定の国に長く関わることは難しい。でも民間企業であれば、ビジネスがそこにある限り、その国と関わることができる。

そして、長く関わることができるからこそ、提案できる未来もあるのだと思う。

次の10年に向けて

開発コンサルタントをしてきたこの10年は、2〜3年周期で、一つやりたいことをクリアしたら、また新しく挑戦したいことがでてくる、そんなことの繰り返しだった。

  • ODAど真ん中の援助プロジェクト(平和構築/汚職撲滅/農村振興)に始まり
  • 起業家&ベンチャー支援
  • 全途上国がターゲットの中小企業支援
  • 国を特化(カンボジアとバングラ)したビジネス展開
  • 日本での地方(四国)にフォーカスした拠点作り

こう考えると、最近の関心は「地域」がキーワードなんだ。海外でも日本国内でも。

次の10年に向けて、国際協力のコンサルタントとして、自分が関わる「特定の国や地域」にとって、長期的な視点から、どんな関わり方ができたらいいのか?という理想を持ちながら仕事できたらワクワクする。手段として、公的な支援としてJICAや、民間企業のリソースを必要に応じて動員できるような人や組織が作れたら楽しいのだろうな、と。

今はそんな組織はないので、これから作っていきたいな、という野望をひっそりと握りしめてる(笑)

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