課題解決には「交渉」ではなく「提案」を:Negotiator(交渉人)とMediator(仲裁人)の違い

人の価値観は多様だ。海外でビジネスをしようとすれば、日本以上に多様な価値観の中で生きていかなければならない。自分とは異なる考えの人と何かを成し遂げるには、相手への「働きかけ」が大切になってくる。

この「働きかけ」というのはニュートラルな響きではあるけど、ありがちなアプローチとして、自身の見解の正しさを主張し、相手を説得しようする人は多い。確かに、自分の立場のみに沿った一方的な主張であっても、相手との力関係において押し通せてしまう場合もあるだろう。

しかし、相手の立場や考えを無視した一方的な押し付けは、将来にわたって、友好的な関係を相手と維持するにはマイナスだ。誰もがそうであるように、「イヤなこと」をした側は忘れるとしても、 「イヤなこと」 をされた側はよく覚えているものである。

相手に効果的に働きかけようとするなら、同じテーマ(課題・困難とあなたが感じていること)に対して「相手がなぜ」あなたにとって障害と感じるような立場をとっているのか、その根っこにある根源的な理由にアプローチしなければいけない。

この考え方は、メディエーション(Mediation:仲裁)と呼ばれるファシリテーションのスキルにも通じるものがある。

本来、メディエーションとは第三者による仲裁であり、自分自身が当事者になってはいけないのだけど、「仲裁人(Mediator)」の視点を持った「交渉人(Negotiator)」になれれば、相手のニーズも理解した上で提案ができる「提案者(Proposer)」になるのだと思う。

今回は、メディエーションのスキルについて紹介しつつ、効果的な提案をするためのヒントについて書いてみようと思う。

メディエーター(仲裁人)とは?

利害を争って対立している2者以上の対話を仲介することで、課題解決を促す触媒の役割を担う人のことをメディーエーターと呼ぶ。

私がこのスキルを習ったのは、大学院にいた時に紛争解決学を学んでいた時。紛争当事者間では問題を解決できない時、第三者が紛争当事者の対話を促して、当事者が課題解決の方法を見つけられるようにサポートする手法として習った。

大学院では内戦や紛争といった武力紛争をテーマに扱っていたけど、メディエーションの実践で私が扱っていたのは、イギリスのブラッドフォードというのどかな田舎町のご近所トラブルだ。ご近所トラブルとは言っても、昔からいたイギリス系の住民と、新しくやってきたアフリカ系やパキスタン系の住民とのトラブルなど、人種や宗教などセンシティブなテーマが(表面的には)絡みやすい緊張感のある現場だった。

なぜメディエーターが必要なのか?

「激しくいがみ合っている紛争当事者」というイメージから容易に察することができるように、もはや当事者同時での話し合いによる解決が望めない状況であるから、対話を促進する第三者に価値があるのが一つ。

そして、本質的なメディエーターの役割は、当事者が「お互いに相手を理解する」手助けをすることだ。

単純化される主張

紛争当事者になってしまった人は「シンプルで分かりやすい主張」をしがちだ。

試しに、大声で怒鳴ってみて欲しい。長々と理由をあれこれ説明しようと思うだろうか?シンプルに分かりやすい主張の方が圧倒的に言いやすいはずだ。

例えば、「私の家族に近づくな」といった怒りのメッセージは分かりやすい主張だ。そして、このようなメッセージを受けた相手は、何を感じるだろうか?「そんな命令を受ける筋合いはない」と半ばキレ気味反論するのではないだろうか。

こんな言い合いを繰り返していても「建設的な対話」には程遠い。

しかし、争いの当事者は「シンプルで分かりやすい主張」をすることで、相手に自分の主張を飲ませようと必死になりやすい。

根源的な理由

シンプルなメッセージは「それが実現すれば自分の求めているものが手に入る、実現できると考えている」から発せられる。

そう考えると、別の視点も見えてくる。

極端に単純化された主張であるなら「その主張に隠された根源的な理由」があるはずだ。

今回の例であれば、「私の家族に近づくな」と言っている人は、自分の子どもが相手の家族が連れていたペットの犬に危ない目に合わされたと感じたから「私の家族に近づくな」と訴えていたのかもしれない。

しかし、「私の家族に近づくな」と言われた側は、自分が何もしていないと信じていれば、相手がどんな理由で「私の家族に近づくな」と憤っているのかを理解するすべがない。

メディエーターの役割

メディエーターの役割は、このような「単純化された主張」を繰り返す紛争当事者に対して、「あなたがそのように要求をしている理由を教えて欲しい」と問いかけることで、根源的な理由(deep rooted cause)となっているものを当事者同士が探る手伝いをすることにある。

このメディエーションのアプローチの前提には、「人間として本質的に必要としているニーズ(例えば、家族の安全)が満たされていない」から、相手が困っていたり憤っていると理解できたなら、相手の気持ちも考えながら、お互いに解決策を模索できるはず、という考えがあるのだと思う。

もちろん世界はそんなに単純ではない。相手が本質的に必要としているものが、自分にとっても大切なものであると理解したとしても、それでも相手と分かり合えないこともあるだろう。

しかし、相手の主張の裏に隠されている理由を知ることは、交渉をする上で、有利になることはあれ、不利になることはないだろう。

交渉人(Negotiator)とは?

特定のクライアント若しくは自分自身の利益の最大化を目的に相手との取引の決着を目指す人を指す。

最近の例でいえば、トランプ大統領なんかはゴリゴリの交渉人の例だと思う。いかにして、自分にとって利益のある条件を引き出すか?が優先事項なのだから。

仲裁人と交渉人の違いは?

仲裁人は特定の誰かの利益を代弁しない。この立場が求められるのは、紛争当事者のどちらか一方に肩入れしてしまうと、そもそも対話の仲裁をニュートラルな立場で実施することが困難だからだ。

でも、仲裁人の役割は、ニュートラルな仲裁を行うこと自体が目的ではなく、紛争当事者の双方が「共通の利益」を見つけ出す手助けをすることにある。

共通の利益を追い求めるのが仲裁人であり、自分側の利益を追い求めるのが交渉人、という点で大きく異なるのだ。

仲裁人 <Mediator> の心を持った交渉人 <Negotiator> = 提案者 <Proposer>

相手が「なぜ自分とは異なる見解を主張しているのか?」その理由を探ることに力を注いで相手を分析する仲裁人の視点があれば、交渉相手にとって本当に重要なニーズを把握することができるかも知れない。

表面的な言葉のメッセージに惑わされない

これまでにみたように交渉相手の主張は「単純化された明確な主張」であることが多い。

その奥底にある相手の本質的なニーズを把握し、そのニーズを満たすことができる提案をすることができれば、あなたにとっても有意義な解決策が見いだせることもあるはずだ。

本質的なニーズを把握するには、“なぜ”そのように考えているのか?を相手にフラットに問いかければよい。

一発で根源的な理由を明かしてくれることは少ないので、あとは根気強く相手の根源的な理由にたどり着くまで根気強く問いかけを続けることだ。

交渉 <Negotiation> ではなく、提案 <Proposal> を

主張が異なる相手に接する時、相手の態度が硬化していると、思わず自分も相手に負けないように頑なな態度をとってしまいたくなることもあるだろう。

でも、そんな時、自分の主張の正当性や、相手の主張の理不尽さを訴えることに注力するのではなく、まずは「なぜ相手がそのような主張をしているのか?」に注目してみると違った展開が見えるかも知れない。

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