多くの日本企業が新興国市場への進出を模索していますが、その道のりは決して平坦ではありません。特に、日本で培ってきた経験や知見が、必ずしも新興国では通用しないことに戸惑う企業が少なくありません。本記事では、新興国でビジネスを成功させるために必要な考え方と具体的なアプローチ方法について、実例を交えながら詳しく解説していきます。
1. 「業界の常識」を疑うことから始める
既存の枠組みにとらわれない視点
新興国市場への進出を検討する際、多くの日本企業が直面する最初の壁が「業界の常識」です。各業界には長年の経験や慣習から築き上げられた暗黙のルールや考え方が存在します。「この業界ではこういうことはしない」「これまでこうやってきた」といった固定観念は、時として新たな可能性を阻む障壁となることがあります。
特に日本の企業文化においては、業界内での暗黙の了解や従来のビジネスプラクティスを重視する傾向が強く見られます。これは国内市場において一定の秩序を保ち、安定的な事業運営を可能にしてきた要因の一つでもありました。しかし、新興国市場という異なる環境下では、このような既存の枠組みが必ずしも最適解とは限りません。
具体例:技能実習生関連プロジェクト
10年ほど前に私が経験した事例では、技能実習生に関連するプロジェクトは業界では「タブー」とされていました。「うちの業界では技能実習生に関するプロジェクトは実施できない」といった固定概念にとらわれず、競合他社よりも先んじて、技能実習生に対するプロジェクトの準備に着手することで、新たなビジネスチャンスを発見しました。現地調査を通じて得られた以下の情報ををもとに、では、自分たちが持つリソースをどのように活用してサービスを提供できるか?といった柔軟な姿勢が重要だと言えます。
- 現地には解決すべき重要な課題が存在していた
- その業界だからこそできる支援方法があった
- 現地との強いネットワークを活かせる可能性があった
新たな視点がもたらす機会
この事例が示唆するのは、「業界の常識」を一度保留にして市場を見直すことの重要性です。確かに、長年培われてきた業界の慣行には、それなりの理由と価値があります。しかし、新興国市場という異なる文脈では、その前提が必ずしも当てはまらない可能性があります。
特に重要なのは以下の3つの視点です:
- 市場ニーズの再定義
- 既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想
- 現地特有の課題やニーズの発見
- 新たな価値提供の可能性の模索
- 自社リソースの再評価
- 既存の強みを新たな文脈で活用
- 社内の潜在的な能力の発掘
- 新規事業としての可能性の検討
- リスクと機会の再検討
- 従来のリスク認識の妥当性確認
- 新たな事業機会の可能性評価
- 長期的な成長ポテンシャルの見極め
このように、「業界の常識」を適切に疑い、新たな視点で市場を見直すことで、これまで見過ごされていた事業機会を発見できる可能性が広がります。ただし、これは既存の価値観や経験を完全に否定することではなく、それらを新たな文脈で再解釈し、より効果的に活用することを意味します。
2. 経済環境の違いを深く理解する
新興国でビジネスを展開する際に最も重要な視点の一つが、日本と現地の経済環境の違いを正確に理解することです。この違いを認識せずにビジネスを展開すると、思わぬ障壁に直面することになりかねません。
日本特有の経済環境とその影響
日本市場は、1990年代のバブル経済崩壊以降、約20年以上にわたってデフレ経済が継続してきました。この長期的なデフレ環境は、日本企業のビジネス展開に大きな影響を与えています。物価が継続的に下落する中で、企業間の価格競争は一層激化し、各企業は徹底的なコスト削減を迫られてきました。
このような環境下で日本企業は、コストを可能な限り抑えながらも、製品やサービスの品質は一切妥協しないという、極めて困難な課題に直面してきました。その結果、意思決定プロセスは慎重かつ緻密なものとなり、新規プロジェクトの立ち上げにおいても、リスクを最小限に抑えることが重視されるようになりました。
また、日本特有の「完璧主義」的な文化も、この傾向に拍車をかけています。新製品やサービスを市場に投入する際には、あらゆる角度から検証を重ね、想定されるリスクを徹底的に排除しようとする姿勢が一般的です。
新興国の経済環境とその特徴
一方、アジアを中心とする新興国市場では、状況は大きく異なります。多くの国々が高度経済成長期にあり、GDP成長率は年率5-7%、場合によっては10%を超える水準で推移しています。この急速な経済成長に伴い、消費者の購買力は着実に向上し、市場規模は急速に拡大を続けています。
特筆すべきは、新しい製品やサービスに対する強い需要です。経済発展に伴って新たな消費者層が形成される中、これまでにない革新的なサービスや、生活の質を向上させる新製品に対する期待は非常に高いものがあります。
また、ビジネス環境としても、スピーディーな意思決定と実行が重視される傾向にあります。市場の変化が速く、競争も激しい中で、完璧を求めすぎることよりも、まずは市場に投入して実践の中で改善を図っていく「試行錯誤」型のアプローチが一般的です。
ビジネスアプローチの違いとその意味
これらの経済環境の違いは、必然的にビジネスアプローチの違いとなって表れます。日本市場では、徹底的なコスト管理と長期的な品質向上を重視し、リスクを最小限に抑えながら段階的に事業を展開していく手法が一般的です。これは、成熟市場における競争力維持のための合理的な選択といえます。
しかし、新興国市場ではこのアプローチが必ずしも最適とは限りません。急速に変化し、拡大を続ける市場においては、スピーディーな意思決定と市場投入が重要です。完璧な準備を整えてからの展開では、すでに市場機会を逃してしまう可能性が高いのです。
そのため、新興国市場では、より大胆な投資判断と迅速な市場投入が求められます。サービスの即時提供を重視し、市場機会を最大限に活用していく姿勢が重要となります。もちろん、これは単なる拙速を意味するわけではありません。市場の反応を見ながら柔軟に戦略を修正し、成長機会を確実に捉えていく戦略的なアプローチが必要とされるのです。
このように、日本と新興国の経済環境の違いを正確に理解し、それぞれの市場特性に応じた適切なビジネスアプローチを選択することが、グローバルビジネスの成功には不可欠な要素となります。
3. 成功に向けた具体的なステップ
新興国市場での成功を実現するためには、体系的なアプローチが不可欠です。ここでは、成功に導く3つの重要なステップについて詳しく解説します。
Step 1: 徹底的な現地調査の実施
新興国市場への参入において、最も重要な基盤となるのが徹底的な現地調査です。多くの企業は現地オフィスや代理店からの情報収集に留まりがちですが、これだけでは表面的な理解に終わってしまう危険性があります。本当に有効な市場理解を得るためには、経営層自らが現地に足を運び、市場の実態を肌で感じ取ることが重要です。
特に注力すべきは、実際のエンドユーザーとの対話です。現地消費者の生活習慣、価値観、製品・サービスへの期待を直接理解することで、机上では見えてこない重要なインサイトを得ることができます。例えば、一見すると類似の製品やサービスでも、現地消費者の使用文脈や期待値が日本とは大きく異なることも少なくありません。
また、競合他社の動向も実地で確認することが重要です。店頭での商品陳列状況、価格帯、プロモーション方法など、実際の市場での競争環境を詳細に分析することで、より実効性の高い戦略立案が可能となります。
さらに、現地特有の商習慣や文化的背景の理解も不可欠です。取引慣行、ビジネス上の意思決定プロセス、重要視される価値観など、ビジネスの根幹に関わる要素を正確に把握することで、後の円滑な事業展開が可能となります。
Step 2: 柔軟な戦略立案のプロセス
現地調査で得られた知見をもとに、次に重要となるのが適切な戦略の立案です。ここで重要なのは、日本での成功体験を完全に否定するのではなく、それを基礎としつつも、現地市場の特性に合わせて柔軟に修正していく姿勢です。
この過程では、現地パートナーの知見を積極的に活用することが重要です。彼らは市場に関する深い理解と豊富な経験を持っており、その意見は戦略立案において極めて有用な指針となります。ただし、パートナーの意見を鵜呑みにするのではなく、自社の強みや経営理念との整合性を常に検証しながら、最適な戦略を練り上げていく必要があります。
また、新興国市場は変化が速いため、一度策定した戦略であっても、市場の変化に応じて柔軟に修正できる体制を整えることが重要です。定期的な市場分析と戦略見直しのプロセスを確立し、必要に応じて迅速な軌道修正が可能な組織体制を構築することが求められます。
Step 3: 迅速な実行とフィードバックの活用
戦略が定まったら、次は実行のフェーズです。ここで最も重要なのは、完璧な準備を求めすぎないことです。新興国市場では、市場投入のタイミングを逃すことの機会損失の方が、多少の不完全さによるリスクよりも大きい場合が多々あります。
そのため、まずは基本的な品質基準を満たす形で市場に投入し、実際の顧客からのフィードバックを得ながら改善を重ねていく、という反復的なアプローチが効果的です。このプロセスを効果的に機能させるためには、現地での意思決定権限を強化することが不可欠です。本社による過度な管理や承認プロセスは、市場対応の遅れを招く原因となりかねません。
結論:新興国ビジネス成功のために
新興国でのビジネス展開において最も重要なのは、日本で培った経験や手法に過度に依存しないことです。現地の経済状況、文化、価値観を深く理解し、それらに適応したビジネスモデルを構築していく柔軟性が不可欠となります。
具体的には、常に既存の常識や前提に疑問を投げかけ、それが現地市場において本当に有効なのかを検証する姿勢が求められます。その上で、現地のニーズと事業環境に即した戦略を立案し、スピーディーな実行と必要に応じた軌道修正を行っていくことが重要です。完璧を求めすぎるあまり機会を逃すことのないよう、適度なスピード感を持って事業展開を進めることも成功への重要な要素となります。
このような姿勢で臨むことで、急速に変化し続ける新興国市場において、持続的な成功を収めることが可能となるでしょう。重要なのは、日本企業としての強みを活かしつつも、現地市場の特性に合わせて柔軟に進化していく能力です。