顧客満足=価格競争ではダメ:値下げ以外の価値の作り方

顧客満足を追求すればビジネスはうまく行くのだろうか?

確かに、顧客満足は大事だけれども、どういった手段で顧客満足を向上させるのか?がもっと重要なのだと思う。

2018年のはじめ頃から一気にカンボジアの首都、プノンペンで広がった配車アプリの事例をみながら「顧客満足だけではビジネスはうまくいかない」というテーマについて書いてみようと思う。

この課題は、長いデフレの中で、「価格競争」という手段で顧客満足を追い求めてきた日本企業にも当てはまるところがあるハズだ。

複数の選択肢を消費者が持っている

2018年の年始、プノンペンではUber、Grab、PassAppと3つのタクシーの配車アプリのサービスが本格的に始まっていた。

それ以前はトゥクトゥクと呼ばれるバイクタクシー(客車に改造した荷台をバイクで牽引)が交通手段だったが、これらのアプリが何よりも便利だったのは、スマホをクリックするだけで、トゥクトゥクの手配、目的地の指定、料金が配車時に確定する明朗会計だけではなく、従来のトゥクトゥクに比べて「価格」が一気に1/3に下がったことだ。

もうこの頃から価格競争が始まっていた。

消費者からすれば、サービスがいつでも利用可能、つまり「すぐにタクシーが捕まるか?」も大切だから、3社は積極的に自社アプリのドライバーを増やしたのだと思う。サービス開始直後だったのにも関わらず、どのアプリで呼び出しても、すぐにトゥクトゥクは捕まった。

正直、捕まえやすさに体感的な差がなければ、3社の比較で消費者がみるのはたった一つ「目的地にいくらでいけるか?」に絞られる。

価格競争

サービス開始後、早々に撤退したUber以外の2社は、現在も競い合っている。

彼らも値段の叩き合いの消耗戦を避けるために、「顧客の囲い込み」を価格勝負以外のところで考えている。

顧客の囲い込み

私がよく使うのは、クレジットカード決済に対応して支払いに便利なGrab(PassAppは現金払いのみ)だけれども、Grabを一定以上使うと「優先ブッキング」などのステータスを付与してくれているらしい。でも、正直、優先ブッキングの恩恵を受けているのか、実感としてわからない笑

Grabで捕まらなければ、アプリ自体は入れてあるのでPassAppで呼べばいい、その程度のものだ。それに多くのユーザーは、Grabが優先ブッキングのリワードを付与しているなんて、気にも留めていないだろう。

差別化のポイントとして、料金が同じなら、Grabはクレジットカード決済が使えるので、カードを持っている人はGrabをよく使う、といった話は聞く。しかし、これもあからさまにGrabの価格が高いなら、ユーザーはPassAppに流れるだろう。そういった意味では、顧客を囲い込むためには、少なくともPassAppと同程度の価格設定にしなければいけない。

チキンレースの加速

2019年の夏頃まで、Grabは、価格競争に積極的に打って出ており、頻繁にプロモーションとして割引クーポンを配布していた。

そしてとうとう、Grabは2019年8月には基本料金の大幅な値下げに踏み切っている。もちろんPassAppも同価格帯まで下げている。すでに配車アプリ幕開けとともに、従来比1/3の価格設定になっていた状況から、さらに数分の短距離で35%、20~30分程度の中距離で15%も基本料金が下がった!

このペースで価格競争が続いたら、ドライバーの担い手がいなくならないか、正直心配になったりもする。

乗り換えのハードルが低い

タクシーの配車サービスにとって、価格競争から抜けられない理由は、冒頭でも指摘したように「タクシーがすぐ捕まるか?」、「どちらのサービスの値段が安いか?」しかアピールポイントがないことにあると思う。ビジネスモデル自体が、必然的に価格競争に巻き込まれる宿命のように思う。

スマホさえ持っていれば、アプリのダウンロードなんて誰にでもできる。

更に言えば、ドライバーだって仕事が欲しい。スマホを2台持ちしてGrabとPassAppの両方のアプリを常に立ち上げながら仕事の依頼を待っている。車体にGrabと書かれているトゥクトゥクがPassAppで呼んで現れることもあれば、逆も然り。ドライバーにとってもどちらでもお客さんが捕まればいいのだ。

顧客満足の向上は、売上増加につながる?

顧客の視点から、価格以外に重視するポイントが全くないのか?といえば、あるにはある。

  • 朝夕のラッシュの渋滞が激しいプノンペンでは、抜け道を知っているドライバーの方が断然いい。10分単位で時間が節約できる。
  • 事故は嫌だから安全運転なドライバーがいい。
  • 態度の悪いドライバーは嫌だ。
  • 車体のメンテナンスができていない車は嫌だ。

正直、これくらいではないだろうか?

サービスの向上

確かに、爆発的に配車アプリのトゥクトゥクが増えた2018年には、あまり道を知らないドライバーも結構いたように思う。でも、最近では、ドライバーが知らない場所に行く場合、すぐにGoogle Mapの道案内アプリを立ち上げて、渋滞が少ない道をGoogleがドライバーに案内してくれるようになっている。Google Mapとの連携はどちらが最初に始めたのかは知らないけど、今では、GrabもPassAppのドライバーもこの機能を使っている。つまり、差がない。

安全運転や態度といった人的サービスの面でも、サービスは向上していると感じる。クレームなんてほとんどしないけど、1回だけ、完全に脇見をしながら赤信号の交差点に突っ込んだり、無理な車線変更をして他の車にクラクションを鳴らされながら割り込んだり、、、といったヒヤヒヤする運転のドライバーに当たった時に、初めてGrabアプリのフィードバック(乗車後にいつも点数付けやコメントをフィードバックしますか?とアプリが聞いてくる)で、「このドライバーの運転は危なっかしくて嫌だから二度と乗りたくない」と書いたら、すぐにドライバーに伝えます、と連絡がきた。たぶん、実際にフィードバックもされているのだろう。

最近、一番驚いたのは、現金払いで乗ったPassAppのドライバーが何も言っていないのに「お釣り」をくれたこと!

この衝撃、日本ではあまり伝わらないと思うけど、東南アジアとか海外では、小銭がなくて代金を多く払った時に、ドライバーがニコっと笑って「お釣りがないんだよね」といってくるのが当たり前。

今回、料金0.75ドルに対して1ドルで支払ったので、お釣りは0.25ドル。前だったら「お釣り頂戴」なんて会話すらせずに、ドライバーに「ありがとー」と言って立ち去る金額。今回、「ありがと」と言って降りた後にドライバーが財布からお釣りを出してる姿を見た時はほんとにびっくりした。

これもたぶんアプリのフィードバック機能の結果なのだと思う。「お釣りをくれない!」とかネガティブな評価がつくとドライバーにとっても仕事の受注に影響するような設定になっているのだろう。

とは言え、結局どちらでも同じ

しかし、このようなサービスの向上も、どちらが先に導入するか?といった競争はあるのだろうが、顧客が満足するサービスであれば、結果としてもう一社も同じサービスを導入する。

競合にない新たなサービスを提供しても、相手も同じサービスをコピーするので、結果として価格競争から逃げられない。

サービスを向上しても、売上の増加につながらない負のループから抜け出せていないように思う。

合理性を追求したら、人である必要がなくなる?!

便利な配車サービスで、価格も下がり、どのドライバーに当たっても大抵はナイスなドライバーで、と合理的な仕組みで顧客にとっては満足なサービスだ。

だけど、たまに昔を思い出して、なんか前の方が(値段はだいぶ高いけど)ちょっとよかったなぁ、と思うこともある。

“人”が提供するサービスの価値

配車アプリが全盛になる以前は、お気に入りのドライバー「リーさん」がいて、どこに行くにもリーさんに頼んでいた。

自分たちは外国人ってこともあり、普通に流しのトゥクトゥクを拾うとふっかけられるので、リーさんに頼めばちょっとサービスした価格で乗せてくれるし、目的地がよくわからない時も一緒にぐるぐる回って探してくれたり、何よりリーさんは運転が上手で安心感もあった。早朝とか夜遅くとかのフライトで、普段だったら営業時間外の時(大抵そんな時間は流しのトゥクトゥクも捕まりづらい)でも、前の日にお願いすればちゃんと時間きっかりに必ず来てくれたり。

BBQした時もリーさんと買い出しにいって、一緒に食べて飲んで、そんなことを一緒にできるドライバーさんがいて楽しかったな、と思う。

ちょうどこのアプリが始まった頃に、オフィスが引っ越しになってしまって自分の活動圏がリーさんのエリアではなくなってしまったので、もう2年くらい彼には会っていないけど、特定のドライバーさん個人との繋がりがあった時代を懐かしいな、と思う。

本家のUberが目指すもの

話は変わるけど、本国のアメリカで赤字続きのUberについて、興味深い記事があった。Uberも競合との価格競争で、依然として赤字体質だけれども、事業の可能性は「自動運転の実現」にある、という記事だ。ドライバーという人がいなくなれば一気に収益性が改善するので、Uberはそれを目標に事業を続けているのだ、と。

詳細はこちら:赤字続きのUberの未来は、「自動運転」の実現にかかっている(https://wired.jp/2019/05/17/bet-uber-bet-self-driving/

配車アプリが向かう先は、合理化と価格競争の先に“人”ではなくシステムがサービスを提供する世界なのかもしれない。

顧客満足だけでは生き残れない

タクシーの配車アプリのように「合理化を究極に推し進めると、サービスを提供する人が不要になる」ということか。これも一つのビジネスモデルなのだろう。

でも、逆に「(特定の)人が提供することに価値のあるサービス」といったビジネスモデルも、また価値があるはずだ。顧客が「特定の人」が提供するサービスに価値を見出してくれるモデルであれば、価格競争には巻き込まれづらい。なぜなら他のサービス提供者(別の人)に乗り換えることが難しいからだ。

顧客満足が大事だ、ということに異存はない。しかし、(競合がいくらでも入ってくる)誰でも提供できるビジネスモデルなのか、あなたにしか提供できないビジネスモデルを構築するのか、ここは大きな分岐点なのだと思う。

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